女子トイレにいた『ねずみ色の服を着た年老いた男』その理由が心に刺さる。

女子トイレ

大学4年の春、紺のスーツに身を包んで、就職活動をしている時のことでした。
大阪の地下鉄の、暗くて陰気なトイレに入りました。

入っていきなり、出会い頭に驚きました。

そこは女子トイレです。

なのに、ねずみ色の服を着た年老いた男が立っていたのです。
ひとり宙をみつめて突っ立っていました。

私は、あからさまに嫌悪感をもよおし、
(ここは女子専用よ。なんであんたがここにいるのよ!)

と、その気の弱そうな男を思いっ切り睨みつけました。
思うようにならない現実にぶち当たっているし、
前日も痴漢に遭って、ほとほとうんざりしていたこともあります。

そんな私に、思いがけずその男は、ペコンと頭を下げました。
「うん?」と私は思いました





その時、個室から「おとうさん、終わりましたよ」と、
年配の女性の声がしました。

私の前を申し訳なさそうに過ぎて、男は個室に向かいました。
女性は、ふらつく身体を彼に支えられるようにして出てきました。
肉がそげ落ちた痩せた身体。

筋が走る細い腕の先にある杖。

足元が定まらず、一歩一歩進むのに哀しいほど時間がかかります。

水道の蛇口も彼がひねります。
ゆっくりと手をこすり合わせる彼女の小さな背中。

洗い終わった手を、彼がズボンのポケットから出してきたタオルで拭いて上げます。

そして、二人は丁寧に私に頭を下げて、
ゆっくりゆっくりと、ホームへ続く階段を降りていきました。


私はただじっと見ていました。
見続けていました。

身体が動かなかったのです。

「夫婦とはこういうものなのか」

感動と激しい後悔が私の中で渦巻き、熱く火照りだしました。
彼はどんな気持で、この若い娘の侮辱に満ちた視線に耐えていたのだろう。

気がついたら、頬から涙がこぼれ落ちました。

***************



その後、彼女はきっと後悔したことでしょう。
しかし、今後の人生において大きな財産になったことも事実。

おじいちゃんも、きっと何度も同じような視線を浴びているはずです。
それでも変わらぬ愛を貫いていることでしょう。


非常に考えさせられるお話です。