差別が当たり前、頼み方で値段が上下するフランスのカフェとは・・・?

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フランスで差別・・・と聞くと真っ先にこのニュースを思い出す。

GACKTは1人で朝食を取ろうとホテル内のビュッフェに入った。他に誰も客はおらず、入口近くの眺めのいい席に腰を下ろすと、店員に奥の席へ行くよう告げられた。仕方なく席を移ると、後から来た白人客が、GACKTがさっきまで座っていた席に着いたが、店員は何も言わなかった。やがてアジア人客がまた入り口近くの席に座ろうとしてGACKTの近くの席を指示され、次に中国人の団体客がやはり同じ目に遭った。奥の席はアジア系の客で埋まり、さらに入って来たアジア人は白人客の近くが空いているにもかかわらず入店を断られた。




結構ハワイでも多い話。海外だとテラス席が一番人気の高い場所とされている。
だが日本人はどの席に通されても何も言わないので空いているにも関わらず、外の席は無いとか適当にあしらわれてしまうらしい。
このケースは人種差別というより「日本人は主張しない」のでこちらの思い通りになると「なめられている」のである。

それとはまた今回違った「差別をするカフェ」の話。

お客様は神様か、同じ人間だろう




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あなたはカフェでコーヒーを頼む時、店員さんになんて言ってオーダーするだろうか?

「コーヒーを1つください」

そんなところだろう。

もしも、この言い方によってコーヒーの値段が変わると言われたら、あなたはどんな工夫を加えるだろうか。

実はそんな「お客さんの態度別」にコーヒーの設定金額が異なるカフェがフランスの港町ニースには存在する。


言ってない?名詞だけ「ブラック」「生」「同じやつ」


例えば、あなたがただ店員さんに「コーヒー!」っと言った場合、あなたがオーダーしたコーヒーの料金は7ユーロ。

「コーヒーをください(A coffee, plrease.)」と注文した場合には4.25ユーロ。

そして、さらに裏技があり、「こんにちは!コーヒーをください(Hello, a coffee please.)」と注文すると、なんと値段が1.40ユーロまでに下がるそう。

日本円で約710円も節約ができるなら、誰もが態度をよくしそうだが、なぜこんなサービスをするカフェがフランスで出現したのだろうか。




世界基準は「お客様は神様」ではない。




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あなたがこの先海外に出向くこともなく、考えの狭い人間ならこの話を聞く必要はないだろう。

日本で当たり前に受けられているサービス、お金を払う側が上で働く側は下といった力関係。
これは日本基準でしかないのだ。
海外で先に感じられるのはあくまで「人と人」である事だ。

日本だと不思議なのが人と人、というよりも店員と客という態度に急変する人が多いことである。
客だから何を言ってもいいだとか、ぶっきらぼうな言い方をしても愛想よくしてくれないと腹が立つとか。
こう書くと誰しもが自分にあてはまらないと思うだろうが見ているとかなり多いのだ、不愛想な客が。

「サービスを与える側と受ける側は常に対等な立場」

そんな思想が、そもそもフランスあるから。

そのために、どんな高級なレストランに行っても、あなたが店員さんに横柄な態度をとれば、その見返りとして横柄な接客を受けることは当然。

一方、「世界一の接客」と称されることも多い日本では、その「世界一の接客を提供している人たち」に対して、お客さんは“上から目線すぎ”なのかもしれない。