その登山者の服がとにかく汚くて…

いつだったか「十文字峠(じゅうもんじとうげ)」に行った時の話。
ちょっと見、やせがたの60代前半の人で軽く会釈して、おれの前をタッタッタッという感じで軽快に登って行った登山者が…。
14/09/23
おれは昔はバイク、今は車で峠を攻めるのが好きなのだが、いつだったか「十文字峠(じゅうもんじとうげ)」に行った。
春先の上天気のいい日で峠の手前だったか、小川のキレイな流れの横に小道が並んで峰のほうに向かっている。
おれはめったにそんなところで車を降りないのだが、あんまりいい道なんで行ってみた。しばらく行くと、左手のほうにわき道があり、そこから登山者が一人上がってきた。
ちょっと見、やせがたの60代前半の人で軽く会釈して、おれの前をタッタッタッという感じで軽快に登って行く。
まったくの軽装で、背中には小さめのデイパック、スパッツにウォーキングシューズみたいのをはいていた。
おれはちょっといやな気がした。霊的なものではなく、「臭そうだ」と思ったんだ。
その人は黒地に黄色かなんかの柄が入った上下だったんだが、とにかく汚い。
汗が白くこびりついて、スパッツはアーミーグリーンのだんだら模様、ウインドブレーカーは色あせてるんだか、わけのわからない色になってる。
「トレッキングでもしてるのかな?車で来てるんだろーな。電車じゃ、帰りはひんしゅくものだ」
別に臭いは感じなかったのだが、おれは思わず歩調をゆるめ、その人は目の前の角を曲がっていった。相変わらずタッタッタッという感じで…。
その姿が木の間がくれに数秒間見えていた。おれも間もなく同じ角を曲がったんだが、その先は直線で傾斜が急になっている。
面倒くさくなって引き返そうとしたとき、先に行った人が気になった。だが、いない。道だけが静かに続いていた。このときも、怖さがあとからジンワリきた。
「そういえば、あの人、音がしなかったよな?」
タッタッタッというリズムはあの人の動作から感じただけで、「臭そうだ」という印象も、見た目の汚れ具合だけだったのだ。
あの人はひょっとしたら、遭難者かもしれない。
あの汚れ具合は雨風にさらされた遺体の服の色ではないか?やせがたの初老の印象はひからびた遺体そのままではなかったか?
おれは今でも、あの人が最初にちょっと会釈したのを思い出す。