エスパー伊東が芸能界引退!!芸術家に転身「体力の限界」

エスパー伊東が芸能界引退

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高能力芸人として一世を風靡したエスパー伊東(本名・伊東万寿男=56)が、芸能界を引退し芸術家に転身することが東京スポーツの取材で分かった。


エレクトリカルパレードのテーマ曲に乗ってボストンバッグの中から登場し、黒タイツ一丁のまま「爆裂鼻手袋」「ラケットくぐり」「高速電話帳破り」などの“脱力系超人芸”の数々を披露してきたエスパー伊東。
営業本数でトップレベルを誇る売れっ子の突然の決断に、新年早々お笑い界は激震が走った。

そんな彼に、ドクターストップがかかったという。

「長年、ネタ道具一式が詰まった重さ20キロのバッグを一人で抱えて、毎日のように営業で全国を走り回ってきた。最近、重さに耐えられず転ぶことが多くなり、全身が重さの影響でゆがんできた。昨秋には疲労の蓄積で、朝起きたら肋骨が3本自然骨折していた。このままではいずれ車いす生活になると医者から警告された」

「ダメージが蓄積して体が弱っている。首、肩、腰、股関節、ヒザ、足首が全部悪い。もうラケットくぐりもできない。所属事務所からは『根性を出せ』とハッパをかけられたが、そういう問題ではない。誰にでもこういう日は来るので仕方ない」


体力の限界と戦いながらの、苦渋の決断だったのだろう。

「ずっと人間の限界を見せることに誇りを持ってきた。それが一般人より能力が劣るようになるとは…。そんな質の低い芸は見せられない。それに営業先で幸せの門出を迎えるお客さんに、苦痛な顔を見せるなどもってのほか。醜態をさらしたくないので、ここらが潮時だと思う」


あまり知られていないが、エスパーは学生の頃から絵画コンクールで入選するなど才能を発揮してきた。
これまで漫画家のアシスタントやアニメーター、図鑑の挿絵を担当していたことがある。
芸能界入り後も漫画の連載や、占い本の執筆などを手掛けてきた。

「アクション・ペインティングのジャクソン・ポロックのような、誰もやったことがない世界を切り開き、新風を吹かせたい。絵を描いてきた時間は、大先輩の片岡鶴太郎さん(62)やジミーちゃん(大西=53)より長い。2人を超える自信はある」


現在アイデアを練っており、いずれ個展を開く予定だという。

1988年にテレビ朝日系「朝まで生テレビ」に“超能力者”として登場して以降、超常現象番組に出演していたが、フジテレビのスタッフに「エスパー伊東」と命名されてバラエティーに進出した彼は、「テレビに出て有名になりたい」という夢をかなえた。
今後は再び、芸能界入り以前から携わっていた芸術の道を志す。
1月10日の“イトーの日”が“第2の人生”のスタートとなる。

全国の披露宴で幸せのお手伝いを重ねて年収数千万円を稼ぎ出す一方で故勝新太郎さん、故藤山寛美さん、故横山やすしさんの豪放磊落な生き方に憧れ、ホームレスに万札の“幸せのおすそ分け”を続けてきた彼は現在も未婚のまま借金生活を送っている。

有栖川宮詐欺事件や、地元のヤンキーに恐喝されるということもあったが、それでもエスパーは前を向き

「時間はかかるだろうが、きっといつかアートに転身してよかったといわれる日が来るはず」

と笑って語る。

所属事務所は、

本人が体調不良で「辞める」と言っているのは事実。以前から酒癖が悪い上、最近は酒に弱くなった。神経に問題があるのか、酒を飲んでいないのに酔っているような雰囲気があり、10メートル歩くのに1分かかることもある。所属していた春一番さん(2014年に肝硬変で死去)のこともあるので、精密検査を受けさせたいが、なかなかOKしない。半年先まで仕事が決まっており、その分はこなす。以後は未定。本人がアートをやりたいと言っているのは承知している。家庭など失うものがないのでヤケになっている印象があり、心配している。


としている。